| こないだ狭山神社の写真をUPしましたので、狭山にあるもう一つの神社、三都神社にも行ってきました。 |
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三都神社には付近を通る天野街道を歩いて行ってきました。天野街道へは陶器山通りの陶器山トンネルから入ることが出来ます。 |
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んで、陶器山トンネル付近へは南海バス狭山ニュータウン線の大野台6丁からが一番近いです。 |
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それでは天野街道へ行きましょう。階段を上がっていくと天野街道です。 |
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といってもただの遊歩道ですけどね。ちなみに天野街道は西高野街道、堺市岩室から分岐し天野山金剛寺までの道を指します。天野山から熊野街道へのアプローチも可能ですので熊野詣ででもこの道は利用されたそうです。 |
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この道は河内と和泉の境界線を分ける道でもあります。 |
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さて、ようやく三都神社に到着。この石段を登っていくと今回の目的地、三都神社です。 |
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三都神社の鳥居。階段の踊り場みたいなところに立てられてます。ここに手洗い場もあります。 |
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こうみると案外立派な佇まいです。こじんまりとした佇まいではありますが。 |
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さっきの社の裏にある社。なんかいっぱいお参りするところがあります。 |
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沢山の神さんが同居してはるみたいです。 ちなみに「御参拝順路」とかかれた看板には「春日社・初辰大神・熊野三宝荒神・稲荷大神・祖霊社・毘沙門天堂・吉祥水天宮・三都戎本殿・三都戎拝殿」とあります。多いなぁ・・・ |
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三都戎さん。知ってました?えべっさんて耳が遠いそうです。だからまともに読んでもあんまり聞こえないらしい。 |
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んでそんなえべっさんを呼ぶためにこの木の板を木槌で叩いてでっかい音を出して呼ぶそうです。 |
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三都神社の狛犬さん。けっこうイカつい形相です。 |
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私が写真を撮ってる間にも参拝に訪れる方がちらほらいらっしゃいました。案外賑わってます。 |
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さて帰りましょう。帰りも徒歩で帰ります。 |
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この街道は女人高野と呼ばれた天野山金剛寺につながってます。ひらがなで書くとよく分かりますね。「尼の街道」ですもん。 |
三都神社(看板より)
神社の西尾根を通り、天野山から紀州熊野に至る街道に沿っているので熊野神社とも呼ばれている。明治時代の神仏分離までは境内に金蔵寺があったといわれ、また近くにも光明院跡、西室院跡、地蔵院跡などの地名が残っている事から、現在の社殿付近から南部丘陵にかけての広い地域に伽藍と鎮守の社地があったと考えられている。 昭和58年の郷土資料館による文化財調査の際に見つかった毘沙門天像は鎌倉時代末期の作である個とが判明しこのことからも金蔵寺の繁栄の歴史を知ることができる。
追記:2006/1/27(狭山町史より) 三都神社は1906年に国の合祀製作により周辺の神社が多数くっつけられてます。列記すると「八幡神社:大野新田/万燈塚」「稲荷神社:山本新田/宮ノ谷」「熊野神社:岩室村/万燈塚」「琴平神社:岩室神社/笠塚山」「愛宕神社:岩室神社/愛宕山」「厳島神社:岩室神社/濁り池」「八幡神社:茱萸木新田/宮谷」「琴平神社:西山新田/菰池原」合計8つの社が合祀されています。このうち稲荷神社と八幡神社は元の位置に戻っているそうです。また時間を作って調べないといけませんね。
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