暗渠

(YASHICA TL ELECTRO X)

H16.7.17


H14年に狭山の郷土資料館で行われた「特別展・狭山を変えた鉄道」という展示で知ったのですが、南海高野線の「狭山駅」から「大阪狭山市」の間には大小含めて計7つの暗渠(あんきょ)があるそうです。車が通れる暗渠は以前から知ってたのですが、歩行者専用の暗渠もあるというではないですか。一度見てみたいとは思ってたのですが、なかなか行く機会も作れず今に至ってました。新たにカメラを手に入れて試し撮りを兼ねて暗渠を探しに行ってきました。
南海高野線の歴史は案外古く、明治31年には大小路(現堺東)〜狭山間で営業を開始しています。今回探しに行く暗渠はその後に狭山から高野方面に延長された区間に作られた築堤(狭山〜大阪狭山市)に設置されています。
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金剛駅付近のダイエー。白黒で撮影すると普段なんでもない景色の印象が変わって面白いですね。
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大阪狭山市〜狭山での田園風景。この辺りも宅地開発がこれでもか!と進んでますが、まだまだ田んぼも残ってます。ほっとする風景です。
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さてさて、ここは府道河内長野美原線と高野線が交差する地点です。(暗渠ではないですけど)交通量が多い割には道幅が狭いため交互信号が設置されており、結構渋滞する地点です。私の記憶では大阪府下で交互信号を常設している場所ってのはここしか知りません。
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高架区間を快走する南海電車。明治31年4月には狭山〜長野間が延長開業されているのでこの築堤は明治からあったことになります。(当たり前ですね)そう考えると値打ちのある築堤ですな。
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んで、ここが今回の散歩の目的でした暗渠です。5号暗渠というらしい。他の暗渠と比べて大きく自動車の往来も可能です。(だんじりも通れるサイズにしたとの説も)府道富田林狭山線として現在は使用されています。ちなみに5号暗渠というのは通称でして正式には「狭山里道架道橋」と言うらしい。
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1号暗渠。地下には水路が通じております。もともと高野線が建設される時に、このあたりの池尻地区の人々の往来が妨げられるとの理由でこれらの暗渠が併設されたそうです。ちなみにこの1号暗渠は狭いため歩行者・自転車専用です。
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3号暗渠。どの暗渠にも言える事ですが、生活用の通路であるため「あれっ?こんな所にあったんや!」って所にあります。オリエンテーリング感覚で楽しめますけど。
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狭山駅付近で見つけた懐かしい看板。狭山町時代の看板ですのでかれこれ20年近く前の看板です。なんともカエルの顔がユーモラスでかわいい看板です。
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狭山駅に到着。金剛駅から歩いてきまして約30分くらいの散歩コースです。
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参考文献:狭山を変えた鉄道(大阪狭山市立郷土資料館)今回は白黒フィルムを使って撮影したので白黒画像でした御了承ください。

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